第200回 自分の立ち位置 〜ここはどこ?私はだれ?〜
「ここはどこ?私はだれ?」というフレーズはだいぶ前に流行りましたが、今でもどこかの場面で使われているのを見聞きします。
この言葉のように自分の立ち位置を、物理的にあるいは観念的に考えてみるのも面白いのではないでしょうか。
例えば、私たち人間はとんでもない猛スピードでいつも移動しているのです。
地球は秒速500m、時速にすると1800kmで自転しているので、私たちは新幹線の10倍ものスピードの乗り物に乗っていることになります。
さらに地球は秒速28kmで太陽系を公転し、その太陽系は秒速217kmで銀河系を公転、銀河系は秒速600kmで宇宙を移動しているそうで、私たちは2時間で1億kmの距離を移動しているという想像もつかないような速さで宇宙を旅しているのです。
「ここはどこ?」と誰かがつぶやいてもその一瞬で全く違う空間にいるということは、想像するだけでも楽しくなってしまいます。
「私はだれ?」という言葉を聞くと生物学のある仮説を思い浮かべてしまいます。
「人間のDNAの34%はレトロウイルス由来の残骸」
「ヒトゲノムの97%はジャンクDNAでウイルス由来」
つまり、人間の体には数千万年前のレトロウイルスが3分の1存在し、人間を形成し生きていくために必要とされる情報であるヒトゲノムは、はるか昔に人類に感染したガラクタのような遺伝子がほとんどである、ということになります。
もしかすると、未来では新型コロナウイルスも人間のDNAの一部になっているかもしれません。
ということは、人間のルーツはもともと不用品の寄せ集めからできているということになりますが、それでも人間は地球上で一番進化している動物というのですから驚きです。
「立ち位置」を観念的に考えた時に私は「不惑」という言葉を真っ先に思い浮かべます。
私はもうだいぶ前に通り過ぎてしまいましたが、孔子が残したその言葉のような異称は他にもあるので紹介します。
15歳「志学(しがく)」 学問で身を立てる決心する
30歳「而立(じりつ)」 独立した自説を持つ
40歳「不惑(ふわく)」 迷わずに自由に物事を見る
50歳「知命(ちめい)」 自分の使命・役割を悟る
60歳「耳順(じじゅん)」 何を聞いても素直に受け入れる
70歳「従心(じゅうしん)」 思うままに行動しても道理は外れない
人はもともとがジャンクDNAの集まり、言い換えれば完全な人間はいないので、なかなか孔子さまのようにはいかないでしょうが、自分の立ち位置を考えたり目標としての参考になるのではと思います。
「自分探し」という言葉も耳にしますが、この考え方も自分の立ち位置を模索するということなのでしょう。
現状に対する不平不満不安や将来への展望が見つけられない場合に自分探しをしたくなるようです。
「どうしていいか分からないこと」に対して「どうにかしたい」というのですから、考えようによっては積極的に進もうとしているとも考えられます。
しかし、「現状から逃げたい」ということでは、自分を探すことができませんし、闇雲に動き回るだけでは自分を探すことができません。
それは物を見つける時には場当たり的に探すのではなく、ありそうな所や落ちているかもしれない場所を探しながら行動することが大事なのです。
そして、旅に出る、会社を辞めてフリーになる、定年の後になにかをする、などという時には期限も決めることが必要です。
私たちは自分の立ち位置がぐらぐらと安定していない、位置が定まっていないと不安になりますので、会社であれば年度の区切りの時期、個人であれば自分の誕生日などに、それを改めて見直すのも良いのではないでしょうか。