第196回 あれから10年 〜改めて思う感謝の心〜
東日本大震災から10年、地元K新報社の新聞では連日朝刊のトップ面に、当時の被災状況がその場に遭遇したかのように克明にリポートされていました。
特に15m以上の巨大津波で43人が命を落とした南三陸町防災庁舎での連載の記事は、かろうじて助かった11名の町職員の証言をもとに構成されており、読んでいるうちに涙腺が緩くなるほどにリアル感がありました。
震災後に何度も訪れたその地は行くたびに変わった姿になっており、現在では震災復興記念公園として整備されていましたが、庁舎の鉄骨は当時のままに保存されています。
震災直後に「絆」や「復興」や「風評被害」などいろいろな言葉が多く使われましたが、その中で私が一番耳にしたのは「ありがとう」でした。
被災地で炊き出しをしたせいかもしれませんが、その中で被支援者と支援者の両方ともに「ありがとう」という声がいつも飛び交っていました。
「ありがとう」と言われてうれしくとも腹の立つ人はいないはずですが、日本人は口に出してそれを言うことは苦手です。
外国に行けばほとんどの日本人は何のためらいもなく「サンキュ!サンキュ!」と言うのですが、日本では「どうも・・」でお茶を濁すことが多いような気がします。
ましてや家族に面と向かって当たり前のように「ありがとう」と言うことはあまり多くないようです。
20数年前のことですが、仕事の集まりで近くの温泉に一泊して朝食を食べ終わった頃に、妻から切迫した声で電話がかかってきました。
一緒に暮らしていた母が具合が悪くなり病院に連れて行ったが、診察前に意識がなくなってしまったという知らせでした。
急いでその病院に向かいました、しかし一度心臓が止まった母は蘇生しましたが、その後は2度と意識を取り戻すことはありませんでした。
母の植物状態はその時から4年近く続き病院を何度も転院し、妻がその度に春夏秋冬毎日のように、病室に通い世話をしてくれました。
やがて長い闘病生活をした末に母は天国に旅立ちましたが、その後に少し落ち着いてから誰へということではなく感謝の思いが私の心を満たしたのでした。
その頃から私は我が家で家族に対して当たり前のように「ありがとう」の言葉が自然に出るようになったような気がします。
それはなにか特別のことをしたからということではなく、家族が日常の家事をやっている時やなにかをやり終えた時などでも、自然と感謝の言葉が出るようになりました。
家庭内だけではなく感謝の気持ちはもちろん社会でも必要です。
会社を経営しているのであれば社員に、「あなたをいつも見ているし感謝しています。」ということを意識しながら接するようにしたいものです。
定期的に社員に声をかけるようにしている経営者は多いと思いますが、それを実行する前にその社員はどんな人なのかをあらかじめ知っておく必要があります。
その為には社員の履歴書や社員台帳にも時々目を通す、場合によっては最近の査定内容や社員が書いた報告書なども頭に入れておき、機会を作って声をかけるのです。
例えば、学生時代にブラスバンドをやっていたという新卒の社員であれば、
「楽器はまだやっているの?」
「トランペットを時々吹いています。」
「会社の行事で皆に披露してもらおうかな。」
「いいえ、あまりうまくないので・・」
「今度一度聞かせてよ。ところで、君も仕事をだいぶ覚えてきたようだね。」
とやんわりとその社員のことを気遣うようにします。
あるいは、前職が自動車関係の会社に勤務していたという中途採用の社員であれば、
「趣味はやはりドライブなの?」
「たまに乗っていますが、今は健康のためにジョギングしています。」
「何キロくらい走っているの?」
「5kmくらいです。」
「仕事も同じように頑張っているようだね。期待しているよ。」
などのやり取りで彼が体に気を使っていることがわかりますし、彼へのプラスメッセージも出すことができます。
このように普段でも自然に話していれば、褒めたり感謝したりする場合でも違和感がなく受け入れてくれるはずですし、反対にあまりコミュニケーションをとっていないのに思いついたように急に誉めても、戸惑われてしまい逆効果にもなりかねません。
会社では上の職位に立つ人ほど感謝する相手は増えていくはずなので、普段の会話はもちろんですが朝礼や会議や報告を受けた時や、昇給昇格賞与の時などにもそうした言葉を発信したいものです。
「ツキを呼ぶ魔法の言葉」という本が以前にだいぶ話題になりましたが、それはただ一言「ありがとう」という感謝の言葉でした。
人はどうしても上の立場や偉くなったり年を重ねていくと、態度が尊大になってしまい「感謝」の心が表に出せなくなってしまいます。
そういう経験や年齢に関係なく、今年はあの大震災から10年の節目の年、改めて「感謝」について考える機会の年にするのも良いのではないしょうか。