第177回 飲食業から見たフロービジネスとストックビジネス

第177回 飲食業から見たフロービジネスとストックビジネス

 宿泊や飲食関係のサービス業が、コロナの影響で青息吐息状態です。もちろん他の業種も傷んでないことではなく、どこも厳しいのは変わりありませんが、特に宿泊飲食業は崖っぷちに立たされているようです。

 

 私も飲食店を20数年経営した経験もあるので、その厳しさは他人事ではないように感じており、以前に入居していたビルの同じフロアーで家族経営のラーメン店をやっていた60代の奥さんの言葉を思いだしました。

 

 そのラーメン店は以前の店は繁盛していましたが、入居していたビルが取り壊すことになり、その保証金を元手にその飲食店街のフロアーに入店したのでした。しかし、最初は好調だったのですが、その後景気が 徐々に落ち込んでしまい、客足が伸びずにやりくりが大変な様子でした。

 おまけに旦那さんであるマスターが病気で入院してしまい、泣き面にハチの状態になってしまったのです。店は客よりも閑古鳥の方が余計に居座る状態になり、私がいつ店を覗いても空いている椅子の方が多いようでした。

 ビルの通路で偶然会った時にその奥さんは顔をしかめながら、「ここは、墓場みたいだ・・」と吐き捨てるように私に言いました。

 

 飲食店は閉店してもそのまま出るわけにはいかないのです。なぜなら貸主との契約で、退所する時はスケルトン状態(原状回復)にするのが条件なので、次の借主を見つけることができなければ百万円単位の費用が発生することになります。これが大変な足かせで、やめるにやめられない、出るも地獄出なくとも地獄になってしまうことが多いのです。

  

 それからしばらくしてそのラーメン店は、別のラーメン店の暖簾に代わっていました。後から風のうわさですが、そのビルの安くない賃料が負担になりどうしようもなくなり、夜逃げ同然に閉店したとのことでした。

 

 ビジネスにはいろいろの分類の方法がありますが、その中に「フロービジネス」と「ストックビジネス」という分類方法があります。

 

 フロービジネスとは、単発な取引を繰り返して収益を得るビジネスのやり方なので、継続的な取引が保証されているわけではありません。前記のラーメン店は典型的なその形態で、よほどの人気店か自前の店舗を持っているのかでない限り、長く続く不景気や歴史的な今回のコロナ不況などに対処するのは大変に厳しいはずです。

 

 建築業や小売業、そして私が長年関わっていた製造業も多くがフロービジネスです。そのビジネススタイルがゆえに、売上の増減があり場合によっては大きな利益を得ることもできますが、飲食業や宿泊業は特に景気の波に翻弄されやすいのです。

 

 今年の1月までの中小企業の黒字企業に関するデータによると、飲食宿泊サービスの専門料理店や日本料理店や酒場など12業種すべての黒字企業の割合が50%未満しかありませんでした。つまり半数以上が赤字で営業していることになります。

 

 ちなみに黒字企業の割合が半数以上占めているのは、建設業が84%と業態としては一番多く、次に製造業や宿泊飲食業以外のサービス業や卸売業が70%台です。

 黒字の割合が少ないのは小売業で34%しかなく、宿泊・飲食サービス業に至っては、前記のとおり12業種すべてが黒字の企業が3割から4割台しかありませんでした。

 この数字は今年の2月以降の決算企業は加味されていないので、今後どのような数字が出るのかを考えると、頭を抱える経営者が多くなるのは必須のようです。

 

 飲食業には「FLRコスト比率」という特有な経営指数があります。それは食材費と人件費と賃料の総額が、売上に対してどの位の比率になるかという指標で、70%を超えてはいけないという原則です。

 具体的には月に500万円の売上げとして、食材費と人件費が300万円かかるとすると、賃料が50万円以下でないと70%を超えてしまい経営が難しくなるということです。

  

 今回のコロナのような不況が襲ってきて、売上げが3割になってしまったりすると、収入は激減しても最大の固定費、それも現金支払いの賃料が足かせになり、たちまち困窮してしまうので飲食店経営者は救済を求め、大きく声を上げているのです。

 

 もう一つの形態であるストックビジネスとは、顧客と契約を結び定期的に継続して収益を得るというビジネスのやり方です。

 中小企業の事業としては、メンテナンス業、介護事業、レンタル、不動産賃貸、太陽光発電など継続契約してモノやサービスを提供するものがあります。

 

 大企業としては、通信やネット関連の契約や電力・ガス・水道などのインフラ関係ですが、私は日本で一番安定的なストックビジネスは日本放送協会、つまりNHKではないかと考えています。テレビ1台につき地上波契約は1万4千円、衛星契約を含めると約2万5千円を年に1度支払わなければなりません。これは景気に左右されない究極のストックビジネスではないでしょうか。

 

 フロービジネスは、投資額が少額でも事業を始めることができ、比較的短期間に果実を得ることが可能なので参入しやすいですが、景気に左右されるリスクが大きいようです。

 

 ストックビジネスは、継続的な顧客を獲得して経営が安定するまでは時間がかかるので、それなりの資金を用意しておかないと続けることが難しくなります。しかし顧客を蓄積することにより安定した経営をすることができます。

 

 現在ではフロービジネスをしながらストックビジネスに形態を変えるというやり方をしている飲食店もあります。

 

 コロナが発生し始めた1月、市内の名所の近くに私が初めて入った食堂でのこと。昼時も過ぎていたからか、他に客はいなかったのでそこの主人と話すことができました。

 

「景気はどうですか?」

「やはり、観光にくるお客さんが減ってあまり良くないね」

「大変ですね」

「いやあ、うちは毎日、介護施設に弁当を届けなくちゃならないので、休みなしですよ。盆暮れも5月の連休も関係ありませんね。今ではそっちの方が本業だから・・」

 

「なるほど、軍資金をあまりかけないストックビジネス・・」と心の中で感心した次第でした。