第135回 税務調査狂騒記

第135回 税務調査狂騒記

 税務申告の時期になると、思いだすことがある。

 

 40年近く前のこと、「税務署から来ました。机の引き出し、金庫のなど開けていただけませんか?」

 事務所の引き戸を開けて二人の男が入ってくるなり、名刺を差し出す。それには〇〇税務署と印刷してあり挨拶もそこそこに、やおら前述の言葉を発したのである。

 

 口調は丁寧だが、有無を言わせないその高圧的な態度に私はおろおろしてしまった。2年前に社長をやっていた父が亡くなり、そして半年前に総務部長が急逝し、その仕事もやらざるを得なくなり毎日が右往左往している時期だった。とにかく何がどこにあるのか、どこに何があるのかも分からないのに、いきなり事務所に税務署員が押しかけてきて、対応をしなければならなくなった。

 

 今であれば、事前に電話で連絡があり、こちらの予定を相談しながら税務調査をするのだが、当時はこういう抜き打ちの調査も珍しくなかったのである。

 私は任意調査でありながら強制捜査のようなプレッシャーを感じてしまい、まるで取り調べを受ける容疑者のような心境になってしまった。

 

 節税と脱税は違うのだが、当時の私は経理に関しては、ずぶの素人であり小学校に入学したての1年生のようであったので、どこにそのボーダーがあるのかあまり理解をしていなかった。ただなんとなく、この処理は完全に白だがこっちのやり方はグレーのような気がするということは、なんとか分かっていたのだがそれを自分の手帳に書き留めていた。

 

 税務署員は金庫の書類はもちろん私の机の中のノートやメモなどが書いてある手帳も指差し、「これらも出していただけますか?」と目チカラと仁王のようなオーラを放っていた。有無を言わせぬその言いように、あらがう気持ちも失せてしまい言うがままに差し出した。どの位の時間が過ぎたのか覚えていないが、事務所の中の決算書や経理関係の書類、契約書、私的なノートなどを別室の応接室のテーブルの上に山のようになってしまった。

「この書類はこのままにしておいてください。明日また〇時に来ます。」と彼らは言い残し、風のように去っていった。

 

 台風一過の後のように茫然自失していた私はふと我に返り、社長を継いだ兄に連絡するとともに顧問の税理士に電話をした。

 

「先生!今、税務署が来て事務所にある書類や私の手帳まで出させられて、それを明日また来て調査すると言って帰っていきました」と私。

税理士「なにかまずいものあるのかね?」

私「多分ないと思います」

税理士「君の手帳やノートにはなにか書いてあるの?」

私「私も、経理は始めたばかりなので、節税対策やら人に聞いたメモなど書いていました」

税理士「それは私的なものだから、処分してもいいですよ」

私「でも、税務署は全部そのままにしておくようにとのことですが・・・」

税理士「いいんだ、いいんだ、明日は私も行ってみるからね」

 

 翌日にまた二人の税務署員が来社し、早速応接間に入るなり「ここに置いたノートなどがありませんが、どうしたのですか?」と咎めるように言う。

 

「自分の私的なことなども書いてあるので、関係ないと思い処分しました」と私。

「困りましたね・・・」と怒りをかみ殺した鬼の形相の税務署員。

「・・・・・」と応答に困った無言の私。

 

 それから間もなく税理の先生が来社しての一言。

「自分のものを片づけてなぜいけないのかね?」

 

 今は亡き顧問税理士の先生は、税務署OBだが性格も役人らしくなく型破りで自由奔放のような人だが、実践実務に長けており節税についても造詣が深く、税務署とのやり取りは百戦錬磨というのを後で知った。

 その先生の対応は詳しくは覚えていないが、税務署員に次のように話していたような記憶がある。

任意調査であれば、必ず事前の連絡が必要であること、最初の調査の時には必ず税理士が立ち会える日時にすること、私的なものまで提出させることはやめてほしい等々。

 もちろん、今であれば当たり前のことだが前記のように、昔はそれが無視される場合が往々にしてあったようで、調査される側とする側には対立や隠ぺいや深い溝が多かった気がする。

 

 この調査は1週間近く続いたが、追徴がいくらあったのかあまり覚えていないので驚くような金額ではなかったと思う。

 

 その後もたまに税務調査があり、特に海外に工場をつくった後の調査では、あまりに諸々の事について指摘されたので、税務署員に要望したことがあった。

「会計上どういう処理をしたらいいのか判断に迷う場合は、税務署に教えていただきに行ってもいいですね?」といったら、忙しいという返事なので、「それではメールしますから・・」と言うと、アドレスは教えられないとのこと。さらに「ファックスでは?」と畳みかけると、返事をしてもらえなかった。

 

 税務署の対応は、管轄の場所や人によってだいぶ違うとか、案件により判断が分かれる場合があるなどということは聞いたことがある。当時、せめて事前の問い合わせには答えてほしいのだが、今はほとんど税務署と縁のない私は、現在では当局はそのような対応をしているのだろうかと考えながら当時を思い出していた。