第121回 思い込みと先入観 〜金賞の価値は?〜
社内で年末にささやかに納会をやった時のことである。数人でテーブルを囲みノンアルコールビールで乾杯し、つまみを食べながら1年の出来事などを皆で思い出しながら話しあっていたら、ひとり顔が酒に酔ったように赤くなってきたのだ。
エアコンはそんなにも温度を上げていないし、温かい食べ物はないのに他の飲んべえまで「なんかフラッとしてきた。本当にノンアルコールなのか・・」ということになり、皆で缶の表示を確認したがやはり0パーセントとなっている。それでも一同酔ったような気分になってしまった。
その缶はビールと同じようなデザインなので、頭に刷り込まれた思い込みでそのようになったのかと一同妙に納得してしまった。
若い頃に栃木県の宇都宮市に住んでいたことがある。当時の栃木の友人知人や関東以西の人が、仙台市を「北国」とか、中には「雪国」などと言う人もいた。しかし、実際にはそんなことはなく、宇都宮は寒さが大変に厳しく特に冬場の冷たい風は、当時の私の懐具合と同様に体にしみたものだ。
仙台と宇都宮の30年間の冬の気温を調べてみると、12月から2月の3か月間の各月の平均最低気温は仙台が、0.9、-1.7、-1.5であり宇都宮が、-0.3、-2.7、-1.9なのでどちらが本当は寒いのかがわかる。降水量はほぼ同じなので、積雪量もあまり変わらないようである。かように従来からの思い込みと現実は違うことが少なくないので、自分なりに調べてみることが必要である。
酒は好きで年末年始は飲む機会が多く、たまに「この○○酒造の△△山は全国新酒鑑評会金賞を受賞したので、ものすごくうまい」ということで、有難くいただくことがある。「金賞」などと言うとオリンピックの金銀銅のメダルを想像してしまい、大変に価値のあるその業界では数少ない特別のものと思ってしまう。 しかし、酒の専門店に行くと平成29年度金賞受賞などという酒を結構見かけることがある。そこで、少し調べてみたらこの年は全国新酒鑑評会に出品された850点のうち、421点が入賞し232点が金賞とのことだった。つまりそれだけ多くの酒が金賞として堂々と名乗り出ていたのである。ちなみに宮城県の酒は13点が金賞であった。
又、モンドセレクション金賞と表示されている菓子などをよく見かける。ベルギーで開かれるこのイベントには、日本の会社が申請した食品飲料4部門の受賞商品数は、なんと最高金賞と金賞だけでも2017年は1001品になるというのだから、驚愕仰天してしまった。今までは県外に出かけたりすると、その金賞のラベルを見てお土産を選んで買っていたので、少し複雑な気持ちになる。それだけ日本のお菓子などは、世界に認められるほど美味しいというのは間違いないのだろうが、以前よりも有難味感が薄れてしまったのは事実である。
世に名画というものは、世界にただ一つしかない至宝の存在と自分では認識していたのだが、ノルウェーのオスロに行った時である。そこの美術館にあの有名なムンクの「叫び」が展示されており、「教科書では見たことがあるがこれが「叫び」なのだなあ・・」などとしみじみと感激しながら観ていた。すると、ガイドが「このムンクが描いた叫びは、当館所蔵を含めて世界中に5枚あります‼」との説明。思わず脱力感に襲われガックリとなり、膝をつきそうになった。ムンクは同じ構図で色彩の違う絵を何枚も描いたのだそうである。
ゴッホのひまわりの絵も10点近くあるということは有名であり、高名な画家が同じ構図や同じ題をつけることはよくあるようだ。だからといって絵の価値が下がるわけでもないが、有名だからといって極端にありがたがるということはどうなのかなどと思ってしまった。
他人に思い込みさせるのが暗示であり、医学では体に影響のない乳糖や澱粉や生理食塩水を処方して、暗示のような効果によりその症状を改善することを「プラシーボ効果」というそうだ。慢性の病気や精神的な病気の場合にそれを投与する、例えば不眠症や原因のわからない頭痛などに、良く効く薬ということで処方すると、その症状が3割以上良くなったという例もあるとのこと。
「病は気から」ということわざもあるとおり、良い意味での自己暗示をかけるということも必要なのかもしれない。
そして、もしかすると思い込みや先入観かもしれないと考えた時には少し立ち止まって、別な見方や推察をすることにより新しい発見があるのではないかと思うのである。