第108回 人生塞翁が馬異聞 〜宝くじに当たった後日談〜

第108回 人生塞翁が馬異聞 〜宝くじに当たった後日談〜

 30年以上前だから昭和になると思うが知り合いのAが、なんと高額の宝くじに当たったのだ。

 それはとんでもないラッキーな出来事であったのだが、その後日談が天国から地獄への物語になったのである。

 

 彼はある日突然「国分町に飲みに行きましょう、おごりますよ」と私を誘った。彼とはそんなに親しいわけでもないし、二人で飲みにも行ったことも記憶がなかった。

 彼は普段からあまり金回りが良いわけではないのを知っていたので、「珍しいね、どうしたの?」と尋ねたら、声をひそめて「皆には内緒ですけど、実は宝くじが当たったんですよ、それも○○○○万円!」、後でわかったことだが、内緒と言いながら知人友人はほとんど全員知っていたのである。

 私は宝くじを買ったことがないので、それが何等賞だったのかは覚えていないが、サラリーマンが手にしたことがないような額であった。

 

 この後の悲惨極まりない顛末は、まさしく「塞翁が馬」を逆になぞるようなストーリーだが、もう時効になったと思うで、反面教師として紹介する。

 

 彼が「幸運」にも当てた宝くじの賞金はなんと1000万円だったのである。

 

 彼に誘われて連れていかれたのは、仙台一の飲食街国分町のビルの中にある高級クラブであった。黒服に導かれながら、少し薄暗い店内の奥にある広いスペースの席に案内される。

 私たち2人についたのは4人の高級ホステス、彼はふかふかした高級椅子の背もたれに深く寄りかかりながら、「ボトル出して、それからフルーツ盛り合わせも・・」とすぐに注文。

 テーブルの上には、高級ボトルや高級つまみ、高級フルーツ盛り合わせ、高級ミネラルウォーター、高級アイスなどが所狭しと並べられ、高級でない会話を高級ホステス達とかわす。

 私は値段が気になり、ほとんどその話の中に入っていけずにいたら、彼が「寿司頼んで!極上ね!」とまたも肝を冷やすようなことを言う。

 しばらくして、高級ホステスが「お寿司で~す。」と嬉しそうに、大きな寿司桶を別なテーブルを持ってきてその上に置いた。それらの高級ネタに私が尻込みして躊躇していたら、彼女らが「これ、美味しいよねえ~」などと言いながら、あわび、うに、大トロなどを電光石火で平らげていく。結局私はその他の寿司を数個つまんだだけであった。

 

 3時間もいただろうか、彼の「お愛想ね!」の一言で高級クラブを退散、幾らかかったのか他人事ながら心配になったが、あえて「見猿、聞か猿、言わ猿」を貫くことにした。

 

 貸しを少しでも返そうと、私は彼を2次会として場末のスナックに連れて行った。少ししょぼくれた店内、更にしょぼくれたママ、もっとしょぼくれた酒としょぼくれた乾きもののつまみの前であったが、彼は少し肩の荷が下りたような少し安心したような風情であった。

 

 その数か月後に彼と会う機会があった。

「お金は半分くらい貯金した?」と聞いたら「実は・・・・」と少し言いにくそうに話してくれた。

 宝くじが当たった後、親に100万円プレゼントした。その後車を運転していたら、ベンツにぶつけてしまい、相手が運悪くやくざの車で500万円請求され、泣く泣く払ってしまった。そして残りの金もほとんどいつの間にか無くなってしまい、1年もたたないうちに前の生活に戻ってしまったという。

 彼はそれから間もなく、当時勤めていた会社を辞めてしまった。

 

 その後に知り合いの食品販売の社長に会った時のことである。

「うちの会社に数か月前に入った奴が、集金をさせていたら売り上げの回収した金を横領したので、このあいだ首にしたんですよ。」との話しを聞いたら、なんとその男はAだったのである。一瞬その話を聞いて私は絶句してしまった。

 

 それからは彼の消息はまったく聞くことはなく、どこに行ったのか今も誰も知らないようである。

 

 アメリカでは260億円の史上最高額の当選金を手にしたが、結局一族がそれで人生がおかしくなり、不幸のどん底に落ちてしまったというジャック・ウィッタカーという人物がいる。彼は一文無しになったあとにこう言ったという。

「あの時の当選チケットは破っておくべきだった」

 

 それでも当たりたい宝くじ、万が一いや千万分の一の確率という幸運に当たったら、頭を冷やすために1年間くらい寝かせておいてから、じっくりと使い道を考えるのが良いのではないだろうか。

 

 人でも会社でも国でも、いきなり大金が入ったり大儲けしたり他国よりもダントツに栄えたりすると、その後にどうするのかが本当は問題であるのだが、人はどうしても同じ轍を踏んでしまうのかもしれない・・・