第85回 東日本大震災と小学校 〜炊き出しでの体験〜

第85回 東日本大震災と小学校 〜炊き出しでの体験〜

 東日本大震災からもう7年が経ちましたが、その時に関わりあった石巻市の小学校が昨年なくなってしまいました。

 

 震災直後の翌月の4月から当時に加盟していた熊本のFCチェーンの本部から支援をいただき、ラーメンの炊き出しボランティアで13回延べ6500食を被災地の避難所になっている小中学校や施設などに届けることができました。

 

 その中には、石巻市雄勝町にある大須小学校がありましたが、残念ながらこの小学校は石巻市立雄勝小学校と統合され、2017年3月31日で閉校してしまいました。

 

 雄勝町は震災前には4500人の人口でしたが、震災後には1000人以下になったといわれるほどに被害が甚大でした。

 

 この大須小学校は雄勝半島の東側に位置しますが,海岸からは少し離れた高台にあったおかげで津波の被害にもあわず、震災後は避難所の一つとして自衛隊の応援部隊も駆け付け、安心できる場所として一時は地域住民数百人がここに身を寄せていたのです。

 

 「漁業を中心とした地域にある,全校児童45名の小さな学校です。自然の恵み豊かで,風光明媚な場所にある大須小は,平成14年に旧大須小と桑浜小が統合し開校しました。桑浜小のスレート屋根,船のデッキ,そして大須の灯台をイメージし,またバリアフリーを取り入れた近代的な校舎です。」とHPにもあるとおり大変に近代的な建物で、在籍小学生の人数の割には広く立派な外観でした。

 

 炊き出しする前には施設の方との打ち合わせするために、必ず一度はその場所に行かなければなりませんが、途中の道路は狭い山道で曲がりくねっており、舗装も地震の影響かだいぶ荒れており、倒木や少し大きな石も転がっていました。これでは食材や調理器具を冷凍車で運ぶのは難しいと判断し、二台のバンで搬送することにしたのです。

 

 私のやったことはどこで炊き出しをしたらいいのか場所の選定や、その避難所までのルート、炊き出しまでの交渉やインフラの確認などの後方支援でした。私は直接に煮炊きや配膳はしませんでしたが、車両や調理用燃料や水の調達、避難している人たちの数や炊き出しの時間帯などを現地の方と調整し必要な物資をそろえることです。

 

 打合せに行った時には、校庭には十数台の自衛隊の支援部隊のいろいろな車輛が所狭しに駐車しており、まだ電話も通じないようなのでNTTの衛星電話回線のパラボラアンテナをつけた車両も停まっていました。学校の玄関には新しく4月から入った1年生への桜の絵がデザインされた「入学式」のお祝いの看板が立っていて、殺伐としたその中で少し和まされたような気がしました。

 

 炊き出し当日の4月23日には、熊本からはるばる1500Kmの距離を冷凍車で第3回目の最終日にも関わらず本部や有志の方々が、疲れも見せずにバンに積み替えた食材などを載せて大須小学校に向かいました。熊本の方々にはこの後ももう1回、全部で4回往復で12000 Kmも冷凍車で往復していただき、感謝以外にいう言葉がありませんでした。

 

 炊き出しに行くと、「予想よりもたくさんの人が来て、材料が足りなくなったので持ってきて欲しい」というSOSがくると遠くても再度いかなければなりません。その時はそういう事態ではありませんでしたが、私は当日には必ず確認することにしているので今回も炊き出しの場所に見に行きました。やはり、そういう場に行くと被災者からいろいろな話しをしてもらえます。

 

 ラーメンを3杯食べてニコニコ笑っていた中学生は「首の高さまで海水に漬かったけど、小学生の弟をかかえてなんとか助かったんだ」という話しや、「高台に避難したが電話も通じず孤立してしまったので、胸まである水の中を歩いて助けを求めに行ったのさ。えらく寒くて死ぬかと思ったよ」という初老の男性の話しも聞くことができました。また、別の炊き出しの場所では「流されてなんとか何かにしがみついて、助かったがその後にけがをした指を切断することになった」という中年の男性の生々しい包帯した手を見せられたこともありました。

 

 それでも炊き出しの場所では、温かい食べ物を求めてくる人達がみんな嬉しそうにしているのを見て我々も少し安心することができました。特に子供たちが「んめえ〜、んめえ〜」といって鼻をすすりながら笑って食べてくれるのを見ると心がほっこりとしたものです。やはり、人は「必要とされる」ということが一番の動く糧になるということを体験で学ぶことができました。熊本のボランティアの人たちは、一杯ラーメンを手渡すたびに「ありがとうございました!!」と大きな声で言っているのが「そういうことなのか・・」と思ったのです。

 おかげでこの日は500食以上のラーメンを食べてもらえました。

 

 昨日の3月11日に牡鹿半島に行った帰りに、やはり震災時に炊き出しをした半島の首にあたる石巻市立荻浜中学校の様子を7年ぶりに見てきました。

 被災の痕跡が外観ではわからないようになった学校のすぐ前には、陽光に照らされた海がきらきらと眩しく輝いていました。

 その景色を見ていたら、すぐ近くにある荻浜小学校が今月で閉校になったということを思い出し、震災の影響でまた一つ小学校が無くなったとのかと少し寂しい気がしてしまいました。

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