第68回 目線を変える 〜高さで変わるジキルとハイド〜

第68回 目線を変える 〜高さで変わるジキルとハイド〜

 今年の夏に久しぶりというか、初めてというか、ローカルの単線である仙山線に乗って山形駅発の仙台駅行きの電車に乗った。

 仙台と山形は数えきれないくらい車では行き来しているのだが、全線乗ったのは今回初めてで、2両編成で18駅、58kmというのも初めて知ったし、うら若い女性がJRの車両の運転手をしているのも初めて見たのだ。

 

 その時に思ったのだが、車での目線と電車での目線が、だいぶ違うことに改めて気が付いた。

 電車は山形の市街地を抜けると車窓からは、山間部をトンネルや橋などを走っていると、伐採された杉の木が同じ方向に倒れている場所や、こんな所にという山沿いにポツンと民家が佇んでいるのを眺めることができた。

 また、標高440mと表示塔がある面白山高原駅や奥新川駅の表示板も改めて見ると、趣きがありまた機会を作って乗ってみたいとも思った。

 

 私は以前によく工場内を巡回し、社員の様子や現場の改善箇所、不具合などを見つけるようにしていたが、同じ目線で見ているとどうしてもマンネリ化というか、いつもの景色になってしまい「違和感」がなくなり「気づき」ができなくなってしまう。

 

 それを少しでも解消しようと、現場の製造ラインを見る場合は目線を変えてみるようにしていた。

しゃがんで目線を低くして見ると、部品や冶具が落下していたり、錆がひどくて腐食していたり、パイプが外れかけていたり、電気のコードの被覆がすり減っていたり等々見つけることができた。

 また、管理関係の部所や更衣室などに行ってみて、椅子や脚立に乗り目線を高くして書庫やロッカーの上を覗くと、ほこりや虫の死骸、そして使用済みのペットボトルが放置されていたこともあった。

 

 書庫の裏の壁にさしてあるコンセントが黒く焦げているのを発見した時は、もし火事になったらと大いに肝を冷やしたこともあった。

 これはトラッキング現象といって、コンセントに差しっぱなしのプラグに溜まったほこりに、湿気などの水分が付着し過熱して焦げや炎が発生するという現象であり、代表的な火事の原因でもあるので、見えない箇所でも定期的に点検し掃除することがやはり予防策であるということを痛感した。

 

 目線で一番低いのは、昆虫や爬虫類など地べたを這いまわる生き物であり、昆虫たちの壮絶な生存競争や神秘的な生態をドキュメントで撮った「アリのままでいたい」という数年前に上映された映画があるので、アリ目線を経験したい方は是非ともそれを観ることをお勧めする。

 

 子供特に幼児の目線はペットの目線と同じで、我々のような大人になると中々その位置でモノを見ることはほとんどない。

 

 以前にK4という光岡自動車の組み立てるタイプの一人乗りの車に乗っていた時があったが、ちょうどその目線が1メートルにも満たない高さで、一般道を走ると乗用車の車輪が目の高さでありトラックが近づくと潜り込んでしまうような恐怖に襲われた。

 

 きっと小さい子供は大人にはわからない驚きや怖さや不便さがあるのではないかと思うので、やはり十分な気遣いが必要である。

 

 幼稚園に入学したばかりの子供が、母親の短いスカートに思いっきり手を伸ばして何とか掴んでいるのを目にすると、「まだこの女性は母にはなりきっていないのだな」と「渇!」をいれたくなるのは私だけではないはずだ。

 

 私は市内に用事があったときや野球を観戦する場合は、なるべく自転車に乗っていくことが多いが、自転車目線というのは高さがほぼ歩く時と同じではあるが、やはりだいぶ違うものである。

 車に乗っているときは車道を走っている自転車を見かけると「ちょろちょろと邪魔だから歩道を走れ!ボケッ!」とか、あまり車が通っていない狭い交差点を自転車が信号無視すると「轢かれたらどうすんだ!バッキャロー!」とか下品で乱暴なことをチェッとか舌打ちしながら心でつぶやいてしまう。

 

 しかし、一転自転車に乗り狭い車道を速度も落とさずに脇を走りすぎていく車がいると「接触して人身事故になったら、ブタ箱行きで人生の落伍者になっちまうぞッ」とか、自転車専用ラインに止めている車を見ると脇を通りながら「駐車違反でチクッてやろうか、コノ!」とかいけない思いが沸いてきてしまう。

 

 車のタイプでも高さや大きさの優劣で乗る人の気持ちが大いに変わり、人によっては「ジキルとハイド」状態になる場合もあるようだ。

 

 その順序はいうまでもなく軽自動車、乗用車、高級乗用車、ランドクルーザー、パジェロなどのSUV、そしてトラックやバスなどの大型車である。

 どうしても車高のある車から目線が下の車を見ると、上から目線が気持ち的にも出てくるようであり、車間を詰めたりクラクションを鳴らしたりすることは珍しくない。

 

 大型車免許取得は試験問題に心の安定性の適性テストも加えればと思うのだがいかがなものか?

 

 高いビルやマンションから低い建物を眺めると、下の世界が城の天守閣から殿様が下々を見下ろしたような優越感に浸ってしまうような気分になることがある。

 上場会社や官公庁のトップはビルの最上階に君臨するのは珍しくないが、下の階にも第2の社長室や居場所を作り半分くらいはそこにいて策を練るのも目線を変えることができるのでいいかもしれない。

 

 高い所から見下ろし眺める「俯瞰」だけではなく、高い立場から物事の全体を見渡す「鳥瞰」をするためにも、目線を変えるというのは大変に大事なことのようである。