第60回 こんなにすごい仏教人 〜パリで座禅、インド1億人の頂点〜

第60回 こんなにすごい仏教人 〜パリで座禅、インド1億人の頂点〜

 最初にして最後の禅を組んだのは、40数年前のフランスのパリであった。

 一人で欧州を旅して2か月半ほど経た頃に、旅の途中に知り合った人から「パリでフランス人の弟子をたくさん集めて、座禅道場を開いている坊さんがいるので、一緒に行ってみない?」といわれた。

 なんとそのお坊さんは旅に出る前に私が読んだことがある「ヨーロッパ狂雲記」の著者の弟子丸泰仙という方だったのである。

 パリの街中の道場に行くと、老若男女の僧衣を着た青い目の人達に剃髪した坊さんたちも数人混じり、50人以上が静かに壁に向かって姿勢よく座っていた。普段着を着た人たちは我々を含めて10人位しかおらず、えらいところに来てしまったと内心思ったものだ。

 

 グワングワンとドラが鳴り座禅の開始である。ビシッと音が聞こえたように場が引き締まり、はじめの30分の時間が何倍もの長い時間に感じられるほどで、長旅でだらけたせいか、もともとだらけていたせいか、脚が短いせいか、体のあちこちがひどく痛くなってくる。

 数分の休憩を挟んでまたも30分の苦行の時間が始まる。私は歯を食いしばり、顔面は引きつり、脚も引きつってしまい、無我無心、自己滅却、明鏡止水、梵我一如どころかテレポテーションして一刻も早く逃げ出したいという邪念にとらわれていた。

 

 ようやく終了のドラが鳴り、感覚がなくなった他人のような脚をさすっていても、青い目の人達は自然体で弥勒菩薩のようなサラリとした顔をしていた。

 最後に皆でお経をあげたのだが、その後に弟子丸泰仙師と話すことができた。

 

私「弟子丸さんは、こちらではフランスパンを食べているのですか?」

師「玄米食じゃ・・・」

私「禅を組む時は、やはり座った方がいいのですか?」

師「あたりまえじゃ・・・」

などと、今思うと大変にくだらない話を交わしてしまった。

 

 ちなみに師は、当時 ヨーロッパ禅協会を設立し、全ヨーロッパに開教道場63カ所開設、信者三十余万を数えたという。

そのような偉大な師だが、私がお会いしてから8年後の1982年 に67歳で残念ながら亡くなったそうである。

 

 

 その後は、本格的な座禅はしたことはないが、「禅をきく会」という曹洞宗の講演会にたまに行くが、その時に誰でも簡単にできるという「椅子座禅」を体験するのみである。それでも、会場にいる人たちと数分間「シーン」という無音?の世界を共有するという機会は、なかなかに得難いものではあった。

 

 年に数回催されるその会で法話された尼僧の青山俊董老師の話しが印象的であった。「どう生きる」というテーマで話されたが、その師の著書のひとつである「泥があるから、花は咲く」の中に、次のような話しがあった。

 

 ある寺の蓮池から蓮を檀家の立派な池へ分家したが、あまり育たないので師が「もしかしてその池は湧き水ではないですか」と尋ねたら、その通りだということで「蓮は泥田でなければ育たないですよ」といって、泥田に移したところ元気になって花を咲かせたという。

 「泥中の蓮花」といい、泥がなければ花は咲かないという大変に含蓄のある逸話が心に残った。

 

 

 仏教関係で著名な方は多数いると思うが、宮城県内にも塩沼亮潤師という大阿闍梨が1300年で成功者は二人だけという「大峯千日回峰行」を成し遂げた方がおられる。

 

 「大峯千日回峰行」とは、奈良県吉野山にある金峯山寺から大峯山寺まで、標高差1355mある山道を往復48㎞、1000日間歩き続ける修行で、9年の歳月がかかるそうである。

 師はその9年間で4万8000キロを歩き、1999年に大峯千日回峰行をやり遂げ、その後の「四無行」や「八千枚大護供」という過酷な修行もされたという。

 

 現在、師は仙台市の秋保に慈眼寺を建立し、毎月2回護摩祈祷を行い多くの善男善女が詰めかけその願いをかなえようとしている。

 

 私も数年前に行ってみたが、早朝からでないとなかなか参加できず、ありがたい数珠などを買って、その万分の一でも御利益をいただけるようにと本堂に頭を下げてきたのである。

 

  インドにも大変に高名な佐々井秀嶺師、インド名でアーリア・ナーガルジュナという仏教の導師がおり、その破天荒な人生はまさに「事実は小説よりも稀なり」なのである。

 師は1966年に33才の時にインドに渡り、カースト制に苦しむ民衆に仏教を伝道し、現在ではインド1億人といわれる仏教徒の頂点に立っている。

 そして今では毎年、十月に佐々井を導師としたヒンドゥー教から仏教への改宗式が盛大に開かれ、時には百万人もの人々が参加するようになったという。

 

 最後にお盆にふさわしいと思うので西日本新聞社のコラムを紹介する。

 

 半世紀以上も連れ添った妻に先立たれた男性が納骨のため、羽田空港から空九州へと向かった時の話し。

 

 遺骨を機内に持ち込めることを搭乗手続きの際に伝え、機内に乗り込み、上の棚に遺骨の入ったバッグを入れて席に着くと、客室乗務員がやって来てこう言った。「隣の席を空けております。お連れ様はどちらですか?」

 

 男性が「ああ、上の棚です」と説明すると、乗務員はバッグごと下ろしてシートベルトを締めてくれた。

 

 飛行中には「お連れ様の分です」と飲み物も出してくれたという。

 

 

「最後に2人でいい“旅行”ができた」と男性は言ったそうだ。

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