第58回 グローバルな人材争奪戦 〜人財、人材、人在、人罪〜

第58回 グローバルな人材争奪戦 〜人財、人材、人在、人罪〜

 私がフィリピンの工場の責任者をしていた時に、総務の女性マネージャーが「あと1か月で会社を辞めさせてほしい」といってきた。

 理由を問うと「オーストラリアに行って働きたい」という。

 

 また、エンジニアでもうすぐマネージャーになるという創業以来働いている男性の中堅社員が「中近東のカタールに行くことになった」と言って辞意を伝えられたこともあった。

 

 このようにフィリピンでは、現地にしては比較的に好待遇で働いているにも関わらず、日系企業でも離職する社員はあまり珍しくはない。

 

 本当かどうか定かではないが、彼ら管理者、技術者クラスが外国に行くと相当に稼げるということをよく耳にする。

 

 車の技術者で管理職もできる人材となると、中近東では100万円の給与がもらえたり、カナダで看護師として働くと最低でも30万円以上なるとか、オーストラリアの建築分野で働くと50万円近くになるとの話しもフィリピン人に聞いたりした。

 もちろん英語が話せることが前提ではあるが、彼らは母国語と同じくらい英語ができるので全く問題はない。

 

 フィリピンでは人口が1億人のうち1200万人以上が、海外で働いている。今でも毎日6千人以上、年間に200万人前後が海外で糧を得るために出国しているという。

 彼らは年間にサウジアラビアやUAE、カタールなどの中近東に40%の80万人、シンガポールに14万人、香港に10万人などが船員やクルーズのサービス要員や家事サービス、看護師、介護士、ウェイターなどとして働きにいく。

 

 今、日本に働きに来るフィリピン人は、技能実習生がメインだが年間5千人にも満たないが、更にプロの人財となるとほとんど皆無なのである。

 

 諸外国では、それなりの対策を講じて外国人に働く場を提供しているが、日本の場合はその制度も遅々として進まない。

 

 それでも日本の10年後には、介護要員が38万人足りないとされているのに、その有効対策が打たれておらず、心配の限りである。

 

 そもそも対策とは、計画を立てて実行しなければならない。あと10年で介護要員を満たそうとすると、年間4万人が必要になる。

 その為に日本人の介護要員を育成する計画や、AIを搭載した介護ロボットを開発するとか、外国人の手を借りるとか具体的に目標数値を入れて実現させていかねばならないのに、打つ手が見えていない。

 

 日本では介護の技能実習制度がようやく解禁のめどがたってきたが、実際は受け入れ時にN4、日本に来て1年後にN3の日本語能力が必要とされる

ちなみにN4とは「本各的な日常の語彙や漢字が読めたり、ゆっくり話される会話を理解できること」であり、N3とは「新聞の見出しから情報を理解できたり、日常的に会話ができること」となっている。

 

 本当にそんなことが初めて日本に来る決して裕福ではない環境に育った、いわゆる「実習生」にできるのだろうか?

 試しに、N3の日本語能力試験問題を社員にやってみるとよい、会社の社員全員が満点を取れるだろうか、そして管理職はN2やN1をパスできるだろうか。

 

 現況では技能実習生に具体的な日本語能力が求められるのは、介護関係だけであるが日本に来る外国人の若い人たち、特にフィリピン人についてはそんな苦労までして欧米よりも低い賃金の日本で働きたいと思うだろうか。

 今のところ、まだ日本に来て働きたいと考えているフィリピン人はいるが、それも時間の問題でやがて日本に来ることを彼らはためらうようになるかもしれない。

 

 それでもフィリピン人が日本に来たいというひとつの要因が「見下されない」ことであると私は考えている。もちろん、日本が「母国から近い」とか「暴力を受けない」とか「環境が清潔」とか「優しい人が多い」などが他にも挙げられるが「差別しないで平等に扱ってくれる」というのが一番の理由ではなかろうか。

 

 以前にフィリピンの工場で雇っていた通訳の女性が「給料が高い」ということで、シンガポールのユニバーサルスタジオにトラバーユしていったことがある。

 

 辞めてから半年後に彼女から会社に連絡があり、情けない声で「また会社に戻りたい」と懇願の電話を受けたそうだ。彼女が復帰した後によく話を訊いたら、「中国系の同僚に意地悪されて、何か月も我慢したが耐えきれずに辞めてしまった」との理由だった。

 ユニバーサルスタジオに働き始めたら、毎日のように差別されたり見下されたりして、だいぶつらい思いをしたらしく、「もう二度と中国人とは働きたくない」と言っていた。

 

 韓国、台湾、シンガポールでは単純労働者の受け入れ制度があり、日本のように高いハードルがなく、また香港では730万人の人口のうち家事労働に従事する外国人が30万人以上いるという実情がある。

 

 また、欧米でも単純労働者だけではなく、医療やITや会計などの分野でも自国以外の外国人が数多く働いており、グローバルな「人財」や「人材」の争奪戦が繰り広げられており、このままでは日本には「人在」や「人罪」しか残らなくなるかもしれない。

 

 日本でも旧来の制度の「岩盤突破するドリル」を駆使して、一刻も早い有効な制度改革を成し遂げ、我々が安心して生活をできるようにしてほしいものである。