第43回 深夜放送雑考 〜「街のサンドイッチマン」〜

第43回 深夜放送雑考 〜「街のサンドイッチマン」〜

 先週から奇跡的な逆転勝利を2つも見聞きし、大変に感動した1週間でした。

 

 最初に驚いたのが「横綱稀勢の里関」の土壇場からの怪我を押しての決戦を制した優勝、次に我が仙台の誇る「羽生結弦選手」のフィギュアスケート世界選手権SPの5位からの奇跡的逆転優勝です。人間の底力というのはやはり大したものだ、と本当に思いしらされました。

 

 その余韻をしみじみと感じながらお風呂に入っている時に、録音していたラジオから流れていたのが「街のサンドイッチマン」でした。

 

 深夜のNHKラジオでは、夜中2時台3時台にオールディーズや昭和の曲をよくやっていて、私はそれを録音して風呂にゆっくり入る時に聞いている。その中で「街のサンドイッチマン」という歌声が流れてきて、妙に昔のことを思い出してしまった。

 

 今の若い人が思い浮かべる「サンドイッチマン」というと、地元宮城県出身の漫才コンビではないだろうか。正確にいうと「サンドウィッチマン」だそうだが、このコンビ名の由来では彼らは以前に3人で組んでいた時があり、3人のサンという字と現在の体格がいい2人の間に少し小柄な相方が挟まっていたということだそうで、私もなんどかライブで大変に愉快な時間を過ごしたことがあった。

 

 ところが、我々中高年世代になると、ラジオから流れてくる往年の名スター鶴田浩二の「街のサンドイッチマン」という歌の登場人物の職業を連想してしまうのだ。昭和半ば頃にサービス内容や商品名を体の前後に描いた立看板をぶら下げ、カメのように首と手足だけを出して、街中を歩いて宣伝する人のことを「サンドイッチマン」といっていっていた。その姿がパンの間におかずをはさんだサンドイッチを想像させたことからの由来のようだ。

 

 鶴田浩二は内緒話しを聞くように耳に手を当てながら、「街のサンドイッチマン」を哀愁のある少し高音だが渋い声で歌っていた。

 

 実はこの歌にはモデルがあって、元聯合艦隊司令長官の高橋三吉大将の息子の高橋賢治氏であるといわれている。

 

 太平洋戦争後に戦犯容疑で拘留されていたという高橋三吉大将は、その後に巣鴨プリズンから出所したのだが、息子の賢治氏は父親が拘留されたこともあり勤め先を首になってしまう。そこで息子の健二氏は、昭和24年に東京の銀座でサンドイッチマンをやることを思いついた。彼は坊ちゃん育ちということもあり、あか抜けて目立つ存在で、街を行く人々の人気者になったのだという。この賢治氏のサンドイッチマンにヒントを得てこの歌が作られたそうである。

 

 今では見かけることはほとんどないが、当時のサンドイッチマンたちは喜劇王チャップリンの服装としぐさをまねて、スーツを着て歩いたりして、人々には良い意味で受け入れてもらっていたようだ。

 

 でも、なぜかこの歌を聞くと懐かしいような、物寂しいような気持ちになるのはなぜなのだろうか?

 

 

街のサンドイッチマン(作詞:宮川哲夫、作曲:吉田正)

 

ロイド眼鏡に燕尾服♪

泣いたら燕が笑うだろ♪

涙出た時ゃ空を見る♪

サンドイッチマン♪サンドイッチマン♪

俺らは街のお道化者♪

とぼけ笑顔で今日も行く♫

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