第5回 熱烈汗戦

 東北地方も梅雨入り宣言が出て、蒸し暑さも一段と増し、仕事への意欲も少し減退することもあるかもしれません。その時の頭休めということで読んでいただければと思います。

 

 私は野球はやるのは苦手だが、10年以上前に地元仙台に東北楽天ゴールデンイーグルスが誕生してから野球を観戦することは結構好きになり、シーズン中は時々球場に足を向けるようになった。といっても未だに主要選手の背番号が覚えられない「えせ」ファンで、3年前に田中将大が24連勝した時にも20勝あたりで妻に指摘され、ようやくその背番号を頭の中にインプットした次第である。

 

 一昨年8月のある夜、ほとんど温度が下がらず蒸し暑い日のナイター観戦、その日は比較的良い席でイーグルシートといってバックネット裏の上部の席であった。

 

 汗まみれになってようやく指定座席に座り、やや真ん中の位置で右隣は妻、そして隣はなんと最悪なことに、私と同じ体格の小太り中年汗でぐっしょりのおっさんなのである。席はあまり広くはないので1回2回と緊迫したゲームが進むにつれ、私と隣人の国境争奪戦が始まってしまった。試合展開の一喜一憂で体を前に乗り出したり鳴り物をたたいたりして、手足を私との境界を無視して12海里はおろか完全に上陸作戦まで決行せんとし攻撃をしかけてくる。明白な意図があってのことではないのがわかってはいるのだが、暑いうえ中年男の熟成発酵した蒸れた肉体を押し付けられると、窮屈やら気持ち悪いやらでこちらも上陸阻止作戦を決行せざるをえない。最初はもぞもぞと遠慮しながら腕を押すのだが、相手はテポドン2号くらいの迫力がありこちらの竹槍攻撃では全く歯が立たない。次第に私も高度な作戦と武器で武力行使をせざるをえず、ビールを前の椅子のホルダーに置きながら体当たり攻撃をしたり、下の荷物をもぞもぞまさぐり波状攻撃を繰り返す。相手も次第に分かってきたようだが散発攻撃はまだ続くのでうちわやタオルを利用しこちらの領海を知らしめることになる。

 

 試合も中盤になりようやくお互いに暗黙の休戦講和条約が成立し、ひと段落する。しかし本当にその日は暑く、まるで温度コントロールが狂ったサウナに入っているようである。そのとき場内アナウンスが流れ「今日の入場者は1万8千何百人です!!」と誇らしげにいう。楽天の本拠地の球場はそんなに大きくないので、2万人も入ることはめったにないし、それを聞いて余計に暑さが身にこたえてしまったのだ。

 

 ここで球場がどのようになっているのか計算を交えながら説明したい。観客は一人当たりの重さが女子供もいるので平均体重が55kgとする。1万8千人の観客に55kgを乗ずると99万キログラム、なんと約1千トンの重量になる。人間の体温は36.5度、つまりここにいる観客の皆さんは37℃近い少しぬるめのお風呂(新潟にはぬる湯で有名な栃尾又温泉がある)1千トンのお湯の中に浸かっていることになるのである。もしかするとギネスに登録されるくらいの巨大風呂かもしれない。それも試合平均時間にすると3時間にもわたり超長湯で弁当を食べたりビールを飲んで、喜んだり怒ったり悲しんだりしながら過ごすので余計にヒートアップする。

 

 この日は試合も負けてしまい「熱烈汗戦」の後遺症でまともな意識が保てなくなり隣席とのバトルの疲れもあり、脱力感と倦怠感でふらふらと夢遊病者のように球場をあとにしたものである。