第138回 スマホに住む人々

第138回 スマホに住む人々

 スマホがあるとやはり重宝する。

 商店街やデパートがその中に詰めこまれているようで、どんな情報でも知ることができるし、さまざまな映像や音楽を楽しむことができる。そして、違法性なもの以外はほとんどのものが手に入れることができる。

 しかし、時々スマホを手にすると、その長方形の小さいモノの中に住んでいる人々を想うとなんとも言えぬ気持になってしまう。

 

 私の持っているスマホには10年近く前からの知人とのやり取りが、メールやメッセージやラインに残っている。若い人たちや女性のように頻繁に友人や家族などとはやり取りしないのだが、それでも受発信はしている。その時に「前はどういうことを連絡し合ったのかなあ・・」などと思い、以前受け取った内容を見るために指でスクロールする。

 すると、今はもうこの世にいない方と交わした内容がでてくることがある。それは、遺族にもお見せしたことがないが、日常の会話ややりとりのようなものである。その人たちは7、8人にもなり、この残っている記録は消してしまったほうがいいのか、それとも何らかの形で残した方が良いのかといつも迷ってしまうが、結局いつの間にか忘れてしまう、そして又思いだすということが繰り返されるのだ。

 

 Aさんに会ったのは、私が20代にバックパーカーをやっていた時に、スペインの片田舎で出くわしたのが初対面であった。

 日本に戻ってからも私が東京に行くと年に1度か2度会うということを30年以上続けていた。いつも最後は渋谷にある「のんべい横丁」で夜遅くまで飲み歩いたものだ。

 彼の娘さんが横浜のホテルで挙げた結婚式にも招待され、その時から「定年になったら、若い時のように東南アジアを一人でぶらぶらするのが夢なんだ」という話しを何度も聞かされた。

 その宣言通り彼は2016年にリタイヤした後、間もなくタイにわたりその旅の様子を楽しそうな写真と一緒にラインで何度も送ってくれた。1か月近く旅の様子や楽しみを何度となくラインで知らせてくれた。

 その後に「風邪をひいてしまった」「食欲がなく水だけ飲んでいる」「歳とったから体力がなくなったかもしれない」と旅先で体調不良の内容が届くようになった。

 最後のラインの連絡をもらってから5日後に彼の奥さんから連絡があり、タイで亡くなったことを知らされた。

 彼が逝ってしまったのは、私がラインをもらった3日後であった。

 

 Bさんは数十人はいるらしい私の「いとこ達」の中でも特に同じ年で仲が良い特別のいとこであった。小学校に上がる前からの幼馴染で、不定期だがお互いに社会に出てからも会う機会を作っていた。

 彼は高校卒業するとある上場会社の技術者として活躍したが、50代の時に会社の希望退職に手を挙げたあと私がいた会社に入ってもらった。彼はその経験を活かして、製造現場の省力化や改善に成果を上げるとともに、「何でも直す人」として持ち前の明るさもあり社員のみんなからも信頼されていた。

 しかし、会社の健康診断で不具合箇所が見つかり、「自覚症状は全くないのに・・」とぼやきながらも入院し闘病生活を送ることになった。1度は退院したのだが再度入院後には手術をし、その後は坂道を転げ落ちるように弱っていったのが、時々受け取るメールでも感じられた。

 放射線治療の副作用で随分と体調が悪いのにメールは頻繁によこしてくれたが、「病室、○○○号になりました」というメールを受け取った。

 その3か月前に同じ病院に入院した私よりも一回り以上若い知人が亡くなったのもその部屋だったので、胸騒ぎがおさまらなかった。

 その2日後に彼の奥さんから亡くなったとの知らせを聞いた時には絶句してしまい、返す言葉を失ってしまった。

 

 2003年にフィリピンに工場を操業した時に、最初にアドミマネージャー(総務責任者)になったのが、40代のフィリピン人女性Cさんである。

 彼女は入社する前には日本の経団連のプログラムで来日し、いろいろと日本について学び言葉も相応に話せる「肝っ玉母さん」のような体格で大変に性格の良い人であった。

 私とも気が合い彼女と工場の立ち上げの苦労を共にし、本当に戦友のような女性であった。

 工場の業績が安定した3年後に私はフィリピンに行く回数がだいぶ少なくなった頃に、ステップアップを目指し彼女は退社したのだが、その後も頻繁に近況を知らせてくれていた。

 クリスマスや私の誕生日には必ずお祝いのメールをくれるし、「フィリピンに来た時にはぜひ連絡をください」と書いてあり、それと一緒に写真入りで近況を知らせてくれるのが楽しみだった。

 そういうやり取りが10数年続いた昨年の10月末、Cさんのフェイスブックに30歳位の息子らしいフィリピン人が、黒縁の入った笑顔の彼女の写真を抱えていたのを見て愕然とした。

 この1年位人工透析で体調が思わしくないということは連絡を受けていたが、あまりの急逝に信じられない思いをした。

 

 前述した人々のほかにもスマホに居住している方たちはいるが、いつ私も誰かのスマホの住人になってしまうか、それともすぐにデリートされるのかと思うと、まだまだこっちの世界にしがみつきたいという欲が出てしまうのである。