第64回 虫に倣う 〜研究のムシの先生たち〜

第64回 虫に倣う 〜研究のムシの先生たち〜

 少し汚い話しだが、昔は「ポッチャン便所」といって今のように水洗ではなく、汲み取り式の便所だったので夏などは便器の中をのぞくと、表面がさざ波のように動いていたものだ。

 それはハエの子供たちがその中で一斉に右往左往うごめいているので、そのように見えたのだがそこで「ここは臭くて汚い、早く出よう」と考えずに、「こんな汚い中でよく生きているものだ」と考えてみた人がいた。

 

「ばい菌だらけのうんちの中で暮らすウジ虫やカブトムシの幼虫はなぜ病気にならないのか」と東京大学薬学部教授の名取俊二博士が考えた。

 そこで「昆虫には免疫機構が存在しないので、ウジ虫に傷をつけても感染症にはかからないのは体内で菌を殺す物質が生産されているのではないか」と推論した。

 

 そして研究の結果、ウジの体内で分泌される抗菌性タンパク質「ザルコトキシン」を発見したそうである。

 名取博士はこのザルコトキシンは普段はウジの体内に存在せず、細菌に感染した時に直ちにウジの体内で作られ、その細菌の細胞膜に穴を開けて菌を殺す働きをするというメカニズムを解明したのだ。

 その殺菌力は非常に強力で、1グラムの1000万分の1というごくわずかな量で、細菌類を殺すことができるという。

 

 同じように、カブトムシの幼虫が分泌する「ディフェンシン」という抗菌性タンパク質も同様で、その物質を分泌することにより、細菌を殺すことで自分の身を守っているという。

 ウジもカブトムシの幼虫も短時間で作られ、わずかな量で効き目は絶大というとんでもなく効き目のある特効薬をもっているのである。

 

 ウジの幼虫が作り出すタンパク質「ザルコトキシン」の持つ強力な殺菌力を利用して、新しい抗生物質として人間の病気の治療にも役立てるという研究も各研究機関で進められているようである。

 

 国立がんセンター研究所は、モンシロチョウのさなぎの体液から抗がん物質を発見し、その物質を「ピエリシン」と名付けた。

 

 サナギが成虫になる時に、成虫には必要の無い幼虫の器官の細胞だけを壊し、成虫に必要な器官を新たに作り直す際に、重要な細胞はそのまま残し、不要な細胞だけを壊すために、モンシロチョウのサナギの体液にピエリシンという物質が分泌されていることがわかった。

 

 ガンセンターで、人の胃ガンの細胞にピエシリン投与したところガン細胞は縮小し、6時間以内にその半数以上が死滅することを確認したという。

 

 今後研究が進み、ピエリシンで狙ったがん細胞だけを壊すことが出来るようになれば、正常な細胞を攻撃せず副作用の無い新しい抗がん剤として、将来のがん治療に役立てることができるかもしれない。

 

 最近のマスコミで、「線虫ががん発見に役に立つ」という報がなされ、その内容が注目された。以下はその概要の抜粋である。

 

 その報によると、九州大学の廣津崇亮助教らの研究グループが、がんの匂いに注目し、線虫が尿によって95.8%という高い精度でがんの有無を識別できることをつきとめたのだ。

 そして尿1滴で、ステージ0や1の早期がんまで見つけることができるという。

 線虫は体長1ミリほどで、1滴垂らした尿の匂いに線虫が好んで寄って来れば「がんの疑いあり」、嫌って遠ざかって行けば「がんの心配なし」となる。

 線虫を使ったこの方法は簡単かつ数百円と安価、さらに精度も95.8%と驚きの高さで、今のところどんな部位のがんかは診断できていないが、線虫は「がんの有無」を発見してくれ、すい臓がんのように発見が困難ながんをも見逃さないという。したがって、「がん有り」となった人だけが従来の部位別検診を受ければいいのだという。

 

 日本の免疫学の権威である藤田紘一郎博士は「笑う回虫」という本を出したことがあるが、藤田博士はサナダ虫を自分の体に飼っていたことがあるという。「サトミちゃん」と名づけて飼っていたというが、暴飲暴食し「流産」してしまったと笑って語っていた。

 「サトミちゃん」を飼っていた時は花粉症やダイエットにも効果があるといっていたので、ライザップで頑張るよりははるかに安く効果的で継続性があるかもしれない。

 

 昔は国民の70パーセントが寄生虫病にかかっていてたが、花粉症やアトピー性皮膚炎などは少なかったらしい。

 アレルギー症は、スギやダニのような微細な物質がヒトの体内に入ってIgEという抗体をつくり、それがふたたび体内に入ってきたスギ花粉やダニと結合しておこる。

 ところが、寄生虫がヒトの体内にいると、このアレルギー反応のもとのIgEを多量につくる。そうすると、スギやダニが入ってきて抗体をつくろうにもその余地がなくなっている。それでアレルギーにかかりにくいということらしい。

 日本人が一気にカイチュウを徹底駆除してしまったのが、まわりまわって花粉症やアトピーにかかりやすい日本人をつくってしまったのだと藤田博士は言っていた。

 

 以前に観た映画に「スターシップトゥルーパーズ」という、人間と「昆虫型異星生物」が、宇宙にて際限なく戦うSFの物語があったが、現代の我々は虫に倣うことにより、真の人類の敵である「病気」と戦い勝利することができるように「研究のムシ」の先生達の背中を一丸となって押していきたいものである。